「映画」「舞台(芝居)」「TVドラマ」「TVゲーム」「特撮」「俳優」「バラエティー」「お笑い芸人」「漫画」「小説」「怪談」など批評、評価、感想、意見、注文、いろいろ書きます。
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2008.03.28
 三谷幸喜 (当時)40歳・究極のコメディ (Bad News ☆ Good Timingの舞台裏ドキュメント)と、コンフィダント・絆ができるまでのメイキングを参考にしています。(俳優名敬称略)

 相島一之、曰く「~~~彼はコメディーにずっとこだわり続けて~~~コメディーだけを追究している人が少ないから、ずっと~~~。」

 三谷作品は「笑い」の質が高い。「ギャハハ」という笑いではなくて「クスクス」という笑いだ。「あ~あ、わかるわかるその気持ち、そうそう、そうだよね~。」と共感、共有できる「笑い」といったらいい。

 生瀬勝久、曰く「誰だって知っている言葉で戯曲を書かれる。誰もが思いつかない事ではないと思うんですよ、~~~誰も書けないものを書いちゃう、、、。~~~三谷作品を、うんぬんと批評される方もいると思うんですけど、だったら書いてみろって。」

 確かに「書けません。」と答えるしかない。三谷作品を観ていて難しい台詞(言葉)は出てこない。だから舞台の内容がわかりやすい。万人(大衆)に受けるのはそういう事だと思う。

 積木のように積上げて書いているのか、それともパズルのように穴を埋めて書いているのか、人によってそれぞれ違うだろうが、三谷はどうなのだろう?(本人に直接聞くしかないけれど。)

 三谷作・監督 映画「THE 有頂天ホテル」は、私はあまり評価していない。ドタバタが多すぎて、笑えるどころか馬鹿馬鹿しいから。かといって、あれだけの人数の俳優が出演していて、まったく脚本に破綻がおきない。

 さらに、ちょっとしか出番がない(=端役)俳優でさえ、一人一人の登場人物がたっていてどの俳優も印象に残る。それはなかなか書けるものではない。

 また一人芝居(「なにわバタフライ」)や二人芝居(「バイ・マイセルフ」と「笑いの大学」)なら、今度は一人のため、二人の俳優のために膨大な台詞を考えなければならない。性格や人柄が滲み出て来るような台詞(回し)の上手さ。やはり凡人ではそうそう書けません。

 一本出来たら次の作品、それが出来たら次の作品と並行して、又は連続して作品が出来てしまうのだから、やはり天才なのかもしれない。アイデアがあふれでてくるのだろうか?

 しかし、三谷の嫌(味)だな~と思うところがある。鼻に付くといったらいいだろうか。

 「12人の優しい日本人」(パルコ劇場のホームページサイト)で、メディアプレイヤーで宣伝していた当時、一人3枚までしかチケットが取れない事を知りながら、「(俳優が)12人いるので12回観に来て下さい。」と故意に言ったり。

 映画「THE 有頂天ホテル」で、映画館入場者500万人突破記念式典のとき、観客が満員の映画館会場で、(自分に注目されるように)あらあらと、故意にクス玉を転がしたり。

 「自分の作品を観て下さい。」と同時に「自分自身を見て下さい。」というところが、とてもいやらしい。

 バラエティー番組やCMに出演したり、端役でTVドラマ、舞台や映画に出たりと、そもそも出たがり、目立ちたがり屋の脚本家ってはじめてではないか。脚本家は、影で目立たなく、また縁の下の力持ちの要素が強いと思うけれど。目立ちたいのは元々、学生時代に自ら役者もつとめていたからかもしれない。

 「コンフィダント・絆」最初の5分間だけ見た。4人が集まるアトリエから物語がはじまると思っていたが、そうではなかった。真っ暗な劇空間から、ピアノの演奏をバックに年をとった堀内敬子(ルイーズ役)の歌声から幕が開く。

 「♪遠い昔の物語、忘れられないあの時~~~♪」すでに名作の予感がする。 

 第一幕と第二幕合わせて2時間半に及ぶ大作なので、この作品のレビューはもう少し後になりそうです。(考えて書くので時間がかかるから。)
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2008.03.26
三谷幸喜 三谷幸喜 三谷幸喜 三谷幸喜

 「コンフィダント・絆」をレビューする前に、三谷幸喜さんについて語ってみたいと思う。(俳優名敬称略)

 寺脇康文、曰く「彼は天才」だと言う。

 私は天才だとは思わない。天才だとしたら、どの作品も多くの人が、絶賛、賞賛に値する作品ばかりでならない。舞台(芝居)、TVドラマ、映画など駄作、凡作、佳作もあるから。(と自分では思っている。)
 
 古畑任三郎シリーズがいい例だと思う。どの作品も面白いか?と問われれば「No!」と答える。しかし、次から次へと何百話を全部自分で脚本を書くのだから、作品を生み出せる能力はすごい。非凡なき才能といえる。

 新春ドラマスペシャル 古畑任三郎 ファイナル(←クリック) (2006年1月3日~5日フジテレビ系列で放送)を取り上げよう。(詳しく書かず、つまみ食い程度にします。)

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第一夜 「今、蘇る死」は、数ある古畑任三郎シリーズ作品の中で屈指の傑作だと思う。よく練って脚本を書いている。犯人の動機はどうであれ、殺人を仕向けた、まさに完全犯罪と思わせる。最後の古畑と容疑者とのやり取り(会話)もいい。河野圭太の演出の上手さも光る。

 第二夜 「フェアな殺人者」 イチローはイチローを演じていればいいから演技ではない。イチローの感心するところは、撮影に入る前に、すべての台詞を暗記しNGをまったく出さなかったらしい。内容はどうってことがないが、三谷脚本にしては最後の締めが甘いと思う。イチローがボールにサインをし、古畑にサインボールを投げて、「値打ちがでますよ。」とイチローの台詞がある。古畑がそのサインボールを受け取ってエンディングロールになるが、私なら、

 古畑「人を殺したサインボールなんて、値打ちなんてでませんよ。」の台詞で、サインボールを受け取らず、地面に置いた方がいい。(サインボールをアップにして。)なぜなら、イチローほどの野球選手が殺人を犯した、過ちを犯したということの重大さでエンディングロールにしたほうが、視聴者の印象に残るからだ。

 第三夜 「ラストダンス」 これは物語の前半で、大野もみじが、かえでを殺したことが(入れ代わっている事)バレてしまったから。視聴者を騙せなかった、欺けなかったことで佳作。拳銃の入手方法もありえない。三谷なら、実は双子ではなく三つ子だったとか、あるいはかえでが、もみじを殺していた、本当は入れ代わってなかった。となれば、まだ面白かったのに。

 この3部作に点数を付けるとすれば、第一夜を100点満点だとすると、第二夜70点、第三夜50点といったところか。(自分が点数を付けるなんて、えらそうなんだけれど。)

 生瀬勝久、曰く「常識的に、普通一般社会人としては、ちょっと変わっている、、、。」

 私も変人だと思う。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「三谷幸喜」(←クリック)の人物 性格を読めばよくわかる。無邪気でありながら、子供じみたところもある。神経質で、気難しい性格。自分の書いた作品のこだわりもすごいと思う。

 妻以外の人を、よほど自宅に入れたくないらしい。家の中も、執筆している部屋(=仕事場)は、特に見られたくないからだと思う。気分的に気持ち的に、苦しんで書いているだろうが、楽しんで書いている方が大きいのではないか。

 「面白い話しか書けない。」と言っているし、悲劇やシリアスは苦手なところがある。←これは書こうと思えば書けるが、書きたくないというのが本音だと思う。

 三谷幸喜は、創作のために常になにかを考えている。書かなければ、書き続けなければと強迫観念のようになれば、長生きは出来そうにない。どちらにしろ早死にしそうな気がする。

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2008.03.22
 野田秀樹は、何でも出来る何でも屋さんである。芸達者だと思う。(人物名敬称略)

  53歳になろうとしているのに、小さな体に軽い身のこなし、きゃしゃな体でちょこまかと動き回る。運動神経はかなりいい。といっても役者は、体が資(基)本だから。TVドラマや映画より、舞台(の演技)が一番向いている。似合っている。

 日本バージョンでは、主人公「ビジネスマン役・イド」を、ロンドンバージョーンでは、「人質に捕らられる妻役」を見事に演じきった。どちらもまったく違和感がない。

 どちらかといえばロンドンバージョンの女役のほうがいける。背の小ささと細身のスタイルが功を奏し、妙に色っぽい。ロンドンバージョンは、男が女役に女が男役にした意味かわからない。日本バージョンは男役と女役はそのままの配役なのに。男女を入れ替える必要(意味)はあったのだろうか?

 もう一つ、手の指を鉛筆で表現しているのは?指を切断するとき、手で「ポキッ!」と折るか、鉛筆を包丁で切り取るが、手の指を鉛筆に見立てなくても、(リアルな)作り物の指を切断してもいいと思う。指を切断すれば相当の出血である。ポタポタ血が垂れた方が、イドの凶暴性がわかりやすくていい。(あくまで個人的趣味です。)そういうところの野田の演出がよくわからない。

 細かいけれど、俳優の近藤良平が人質に捕られた幼児役を演じるなら、あごひげは、この舞台のために剃るべきではなかったのか。あごひげが生えた幼児はいないのだから。

 この2つのバージョンとは別に、もう一つのバージョンが出来ると思う。イドの妻と子供を人質にとった脱獄犯オゴロ側のバージョンだ。もし、そのバージョンを舞台でやるとしたら、どういう作品になるのか興味深いところである。

 私は、この作品は傑作だと書いた。ただし何回も観たい、保存したい作品ではない。1度(2バージョンあるから2度か。)観れば満足だからだ。後味の悪い作品が嫌いだからかもしれない。

 この作品は、筒井康隆の短編小説「毟りあい」が元になっている。ちょっと読みたいと思った。傾いた世界―自選ドタバタ傑作集〈2〉 (新潮文庫)(←クリック)この本の中の短編にある。
 
 この作品を評した、河合祥一郎(英文学者)の読売新聞の記事で締めたいと思う。

 「~~~観劇時は気づかなかった筒井の表現の特徴なども確認できて興味深い。しかし、戯曲を読むことが、小説を読むことと決定的に違う体験であることを改めて認識させてくれるのは、やはりこの戯曲に優れた演劇性があるからだろう。」

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